隠された薔薇  ギイ様作品


 2日程でなんとか解熱し、ハルは少しずつ流動食を口にするようになっていた。

「どうだハルうまいか?米だけじゃ味がないもんな」

 俺は調理部に言って、日本人が好きだという、梅干や海苔や納豆などを用意させ、ドロドロの米に少しずつ混ぜて食べさせてみた。

 意識は相変わらず表に見せないが、食べてくれれば体は生きる。

「ハル、お前の王子様はいつ来てくれるんだろうな」

「あき・・」

「そうだ、アキだな」

―――トントン

 ノックの音に振り返ると、アクトーレスが隙間から顔を出していた。

「今大丈夫か?」

「どうした?」
 ハルの食事を中断し、俺はドアに向かう。

「ハルの新しいご主人様だ」
 嬉しそうに笑うアクトーレスの後ろに立つ男に、俺は目を奪われた。

「アキオ・・さん?」

「はい、そうですが・・私をご存知ですか?」

「いいから来て!」
 俺はアキオの手を取り、ベッドのハルの元へ急ぐ。

「ハル!アキだ!お前のアキが本当に迎えに来た」

「春樹・・・」
 章夫の戸惑いがちな呼びかけに、ハルの目に光が戻った。

「あき・・・あき!」
 自分から両手を伸ばし、首に抱きついた。

 言葉こそ、今までと同じ『アキ』としか言っていないが、ハルが出てきたのがすぐ見て取れた。

「春樹、すまなかった。俺のせいで・・・こんな」

「あき・・」

「来るのが遅くなってすまない」
 ハルは涙を流し、一生懸命に首を振っていた。

「あき・・・」

「随分と酷い目にあったんだってな」

「・・・ヒィッ!」
 アキオの言葉の後、ハルの目が見開き、突然呼吸が止まった。

「春樹?」

「やばい!」
 俺はアキオをハルから離し、ベッドに乗り上げ心臓マッサージを施す。

「ハル逝くな! アキが来たんだ! 戻って来いハル! 逝くなよ!」
 俺は必死で叫び続けた。

 そのままバタバタと処置が行われ、なんとかハルは落ち着いた。



 章夫はヴィラにハルが居ると突き止め、知り合いを繋いで会員となり正式な形でハルを取り戻していた。難しいだろうと思われたパテルとの交渉も難なくこなし、すでに支払いも済ませていた。



「ハル・・大丈夫か?」
 薄っすら目を開けたハルに声をかける。

「僕を・・殺して」

「ハル〜・・」

 初めて『アキ』以外の言葉を聞いたと思ったら「殺して」だなんて・・

「ちゃんとアキが助けに来てくれたんだ。2人でここを出られる。もう死ぬ必要なんてないんだ」
 俺の言葉にハルは首を振る。

「もうアキには会えない」

「どうして?ハルを探して、ここまで辿り着いたじゃないか」

「僕を・・・僕を殺して」

 死にたいと繰り返すハルに、俺は頭を抱えた。

 アキの登場で、ハルの意識が戻った所までは計算通りだった。ところが目覚めたハルは、王子様の救出劇を喜ぶどころか死にたいと一度は呼吸を止めてしまったのだ。

「どうしてアキに会えないんだ?」

「僕はもう、アキに会う資格はないんだよ」

 なんとなく予想は出来ていただけに、俺は大きくため息をついた。

「それは、他の奴に抱かれて、汚れてるとかって思いからか?」

「・・・」

 直球過ぎた言葉に、ハルが声を殺して涙を流す。

「あぁ・・悪い。俺はハルの涙に弱いんだ。頼むから泣かないでくれ」
 ハルの頭を撫でながら、俺はゆっくり語りかけた。

「あのなハル。ハルが無事で、アキオは喜んでたよ。ここに居ると五体満足でいる事も難しい。でもハルは手足を切られちゃいないし頭も壊れちゃいない。鞭でついた傷も入院中にすっかり治った。今はキレイなもんだ」

「綺麗じゃない・・」
 ハルは大きく首を振る。

「ハルは綺麗だよ。魂がとっても綺麗だ。だから簡単に汚れたりしない。それにアキオは自分のせいでハルが酷い目に合ったと悔やんでいる。だからハルが他の誰かに抱かれた事に対して、アキオは怒ってない。逆にそんな目に合わせてしまった自分を責めてる」

「あきが・・・」
 涙に濡れた瞳を上げたハルに、俺は頷いてみせる。

「やっと王子様が迎えに来てくれたんだ。早く元気になってここを出ろ」



 ハルを寝かしつけ部屋を出ると、廊下で待っていた章夫が立ち上がる。

「春樹は!?」

「大丈夫。落ち着いて眠ったとこ」
 俺の言葉で、章夫は安心したように、ドサッと椅子に腰を落とした。

「やっと・・やっと探し当てたんです。そのとたん失うのかとゾッとしました」

 目の前に居た章夫は、思い描いていたやくざとはかなりイメージがかけ離れた感じがした。

「いつか、こんな風に春樹を巻き込むんじゃないかって思ってたんです」

「だから表立って付き合いはしてなかったと?」
 頷いた章夫の隣に腰を下ろす。

「何度も終わりにしようと思ったんです。隠れてコソコソするような付き合い方は春樹には似合わない」

「でもハルが、それでもいいと望んだ?」

「はい・・高校の時、俺の一目惚れでした。だから春樹の言葉に甘えてズルズルと関係を続け、結果このザマです」

「でもあんたは間に合った。純粋過ぎるハルに、ここでの生活は地獄だ。でもやっと終わる。ハルはよく頑張ったよ。壊れなくて本当に良かった」

「ありがとう。ドクター」

「俺は何もしちゃいない。ずっと『アキ』と言い続けたハルの傍に居ただけ」

「それでもドクターが居てくれたから、春樹は死なずに済んだ」

「今ハルは、汚れてしまった自分はもうあんたに会う資格がないと泣いた。だからここからはあんたの出番だ。ちゃんとハルの心を救ってやってくれ。体だけここから連れ出しても、本当の意味でハルを救った事にならない」


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